利用者さんが望むことを叶えたい
一緒に考え、連携し、支えていく
病院で過ごすことと、自宅で看護を受けること。そこにはさまざまな違いがあります。在宅を選択した利用者さんに私たちができることは何か。常にそれを考えながら、私たちは日々、利用者さんたちと向き合っています。
利用者さんの望む環境を整えるのが、私たちの仕事
私たち訪問看護の仕事は、利用者さんが望んでいる生活をしていくために必要な環境を整えること。それは、直接生活に関わることはもちろん、保険の請求やさまざまな制度のアドバイスをしたり、ありとあらゆる方面から支援をしていきます。 ただし、訪問看護にもできる範囲、というものがあり、たとえば、利用者さんを外に連れて行くことはできません。リハビリという名目があれば散歩などは可能な場合もありますが、基本は、自宅の中でできること、が私たちの担当範囲となります。 では、家の中のことなら何でもできるかと言えば、それも違います。お掃除をしたり、食事を作ったり食べさせたりするのは、私たちの仕事の範疇外です。そうした役割は別の専門スタッフ、もしくはご家族が担当します。このように、医療従事者以外のスタッフも多く関わるのが在宅看護。各自のテリトリーにはみ出さないよう、上手くコミュニケーションや連携を取って、みんなで利用者さんを支えています。
グルメな利用者さんを喜ばせたメニューとは!?
先程、食事を作ったり食べさせたりはできない、と言いましたが、食事に関してアドバイスをすることはできます。むしろ、普通食を食べられない利用者さんには、誤飲の可能性や、固形物が負担になってしまう場合もあるので、食事指導は必須と言ってもいいでしょう。 それに、自分らしく暮らしたい利用者さんにとって、食事は楽しみであり、生きがいでもあるとても大切なものです。病院では決められた病院食ですが、在宅看護なら、もう少し自由も効きます。もちろん、何でも好きな物を食べていい、というわけにはいきませんが、少しの工夫で利用者さんに喜んでいただくことはできます。 以前、胃がんを患っている利用者さんがいらっしゃいました。その方は、お仕事で全国を飛び回っていたそうで、その土地々々の美味しいものを食べることを楽しみにしていたと言います。ところが、胃がんとなって在宅看護の身となり、食事が思うように楽しめなくなりました。通過障害があり、食物を消化できず、食べても戻してしまうのです。私からは、固形物ではなく、流動食に近いメニューをアドバイスさせていただきました。そんな中で、ご家族はどうしたら食事を楽しんでもらえるか、必死に考えます。試行錯誤の末にたどり着いたのが、なんちゃってメニューでした。 ある時は、おかゆにほんの少し焼肉のタレを垂らして「今日はすき焼きよ」と。またある時は、インスタントの松茸のお吸い物を利用して「松茸の茶碗蒸し」風にしてみたり。香りや風味で、それを味わっているかのような気分になれるよう、いろいろと工夫を凝らしたのです。これには思わず、利用者さんからの笑みがこぼれました。
NGだらけの生活は本当に利用者さんのためになるのか
このグルメな利用者さんは、お酒も大好きでした。けれど、療養中にお酒はご法度。「お酒を飲みたい」と何度も言う利用者さんの望みを、ご家族も私たちもずっと叶えられずにいました。 そして、いよいよとなった時、ご家族の決断で、利用者さんに大好きな日本酒とウイスキーを、わずか1滴ずつではありましたけど、飲ませてあげることができました。その瞬間、利用者さんは目を見開いて、その瞳はキラキラと輝いていました。その1時間後、静かに息を引き取ったのです。 ご家族は「お酒を美味しいと思えるうちに飲ませてあげたかった」との後悔の念があったようですが、私は、あの利用者さんの表情を見て、満足されて旅立ったのではないか、と思っています。 最後の最後に望みがかなった利用者さんがいる一方で、ゆるくお酒やタバコを楽しみながら日常を送っていた利用者さんもいらっしゃいました。 とある難病を患っていたその利用者さんは、ひとり暮らしでした。食べることが楽しみだとおっしゃっていましたが、誤飲してしまう可能性が高く、ミキサー食になっていました。何もかもがNGでは、毎日に生きがいを感じることはできません。私たちは、利用者さんに死ぬために日々を過ごしてほしくはありません。死ぬことを考えず、最後まで生き抜いてほしいと思っています。 利用者さんご本人といろいろと話し合い、私たちはお酒とタバコにOKを出すことにしました。「少しでもフラフラしたらやめようね」と限度を決めて量や頻度にも制限をつけましたが、それでも、利用者さんはうれしそうでした。 病は気から、と言いますが、精神面が安定すると、体調も安定することがあります。私たちは、そうした利用者さんの体調をよく観察しながら、見極めながら、利用者さんの気持ちに寄り添うための手立てを、いつも考えているのです。
ひとり暮らしの利用者さんのちょっとイイ話
ひとり暮らしでも、病院ではなく在宅看護を希望する利用者さんは少なくありません。「最後は家で迎えたい」と。けれどそれは、ひとりで死ぬ覚悟をするということでもあります。 こう言うと、怖いと思う方もいらっしゃるでしょうが、ひとり暮らしだけどひとりじゃない在宅看護を、私は目の当たりにしたことがあります。 末期がんで在宅を希望された利用者さん。ひとり暮らしのその方を気にかけ、最初は自治会長さんや民生員さんが毎日のように顔を出していました。それがいつの間にかご近所に広がり、「おはよう」「いってくるね」「帰ってきたよ」と朝に夜にと誰かしらが声をかけ、皆さんで見守ってくれていたのです。利用者さんはどれほど心強かっただろうと思います。 ご家族が全面的に協力してくれる場合。ひとり暮らしで周囲のフォローが望めない場合。利用者さんによって環境はさまざまです。その中で、訪問看護にできることは何か。私たちはいつもそれを考えています。 現実問題、直接的にしてはいけないこと、できないこともあります。けれど、どうすれば利用者さんの意思に添えるのか、一緒に考えることはできます。利用者さんの望みを叶えるために、私たちは努力を惜しみません。




