訪問看護師に向いている人とは
技術よりも気配り、心遣いが大切
入院生活の場合、病院のルールに患者さんが従うのがあたりまえです。では、在宅の場合はどうでしょうか。私たちは、利用者さんの生活パターンに合わせていくことが基本だと考えています。言わば、利用者さんのカラーにこちらが染まる必要があると。 今回は、そんな視点から考える、訪問看護師に向いている人材についてお話していこうと思います。
察する、汲み取るという大切な能力
訪問看護師という仕事をする人は、元々看護師などの経験や実績のあることが重要だ、と考える方が多いかと思います。けれど、私たちの考えは少し違います。 では、私たちが重視しているのは何か、と言いますと、それは、気配り心遣いができるという点です。 利用者さんたちの望みに寄り添い、それをできる限り可能にしていく環境を整えるのが、私たちの使命だと、このコラムですでに何度かお話しているかと思います。利用者さんが直接、私たちに「何を望んでいるか」をお話してくれるならば問題はありませんが、そういう場合は正直、少ないと言えます。それは、最初から私たちと利用者さんの間に信頼関係があるとは限らないからです。 たとえば、あなたは初対面の人を最初から信用しますか? たとえそれが、社会的に信用のある職業の人だったとしても、無条件に信頼を寄せることができますか? そういう意味で、私たちはまず、利用者さんの信頼を勝ち取らなくてはなりません。そのためには、言葉にせずとも察する、汲み取るという「能力」が必要です。 もちろん、事前に利用者さんの病歴などは把握しています。家族構成なども資料を見ればわかります。けれど、そうした紙面上の事柄だけでは、本当に利用者さんが望んでいることにたどり着くことはできません。家の中の様子を見ながら、また、家族の方たちとの距離感や雰囲気を察しながら、そして、生活パターンを汲み取りながら、利用者さんの「本音」や「課題」に気づいていく。これがとても大切なことです。
居酒屋の接客に見る訪問看護の資質
では、察する、汲み取るといった能力を持つ人はどんな人なのか。 私の経験則から、接客業をしていた人はこの能力が高いように思います。 接客業で成功している人は、同時にいろいろなことができる、つまりマルチタスクできる人が多いです。たとえば、居酒屋で考えると、注文を聞き、それを厨房に通し、料理を運び、席を片付け、新たなお客さんを迎え入れる。こうした動きを、いくつものテーブルを渡り歩きながら同時に行っています。しかも、お客様が気持ちよく過ごせるよう、常に笑顔です。これはそのまま、訪問看護の働き方に通じるものがあります。 そういう意味では、子育てを経験したお母さんも訪問看護師向きな人材です。なにせ、子どもの話を聞きながら、ときに世話を焼きながら、掃除や選択、料理などの家事をこなすのが母親。まさにマルチタスクです。 1つのことに集中することが重要な職業もありますが、こと、訪問看護師に関しては、いくつものことを同時にできなくては仕事が成り立ちません。そのうえで、状況判断が素早くでき、広い視野で全体を見渡せることも大切。そして、コニュニケーション能力の高さも重要です。 看護師としての技術や経験が必要ない、というわけではありません。けれど、それは後からでも学べるもの。それよりも、気配りや心配りができる「資質」の方を重視したいと、私は、ひなた訪問看護ステーションの責任者として考えているのです。
「また来てほしい」と言われる醍醐味
私たち訪問看護は、自分たちで営業をすることはできません。医師やケアマネージャーが「訪問看護の必要がある」と判断し、どのステーションなら任せられるかと選択されて、初めて、利用者さんの元へ伺うことができます。 それでも、利用者さんは「自分でできる」と訪問看護を快く受け入れない方も少なからずいらっしゃいます。そうしたときこそ、察する、汲み取る能力の出番です。 その人の生活のルーティンを把握するだけでなく、どんなことに楽しさや喜びを感じているのかを見極めていくのです。そして、それをことさら特別なこととして行うのではなく、日々の習慣として継続していく。すると、利用者さんは気分よく過ごすことができ、いつしか「また来てほしい」と思ってくださるようになります。 私たちがいることで安心できる、楽しい気持ちになる、心地よく過ごせる。利用者さんにそう感じていただけることが、訪問看護の醍醐味とも言えます。 そして、そうした利用者さんが増えれば増えるほど、医師やケアマネージャーからの信頼度も上がっていくことになります。
今できることを一緒に喜び合う
利用者さんとの信頼関係を築く過程で、心がけていることがあります。それは、できないことを数えないこと、です。 利用者さんは、できないことが増えているからこそ、訪問看護を必要としています。だから、できないのはあたりまえ。むしろ、「今できること」に着目して、それを大切にすることが信頼への足がかりになることもあります。 以前、こんなことがありました。 認知症を患って、どんどん自分でできることが少なくなっている患者さんですが、おしゃべりはとても上手いんです。そして、語り出すと昔のことをスラスラと、まるで今目の前で見ているようにお話してくれます。ある時など、駅前の風景について語ってくださり、あまりの面白さについ聞き入ってしまいました。 何もかもができないわけじゃないんです。何か一つでもできることがあるなら、それを一緒に喜び、敬うことが大切だと、その利用者さんに教えられました。自分にもできることがまだある、と知った利用者さんはとても穏やかに日々を過ごすようになりました。 自宅で介護をしているご家族の方にも、ぜひ、できることに目を向けてほしいと思います。きっとそれが、日々の小さな楽しみになり、共に暮らしていく日常を穏やかにしてくれるのではないでしょうか。私たちは、そのお手伝いを全力でしてまいります。 もし、訪問看護師に興味がある、という方がいらっしゃるなら、目の前にいる相手が何を望んでいるのか、を考えてみてください。きっとその人は、いろいろなサインやヒントを出しているはずです。それを受け取って、咀嚼して、相手の望みを察するシミュレーションをしてみましょう。あなたが訪問看護師に向いているかどうか、確認することができるかもしれません。




